浦和地方裁判所 昭和27年(行)1号 判決
原告 金子ハマ
被告 国
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し、金四十六万五千四百三十五円四十四銭及びこれに対する昭和二十七年二月二十八日から右支払のすむまで年五分の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、「被告の行政官庁である浦和税務署長は昭和二十五年二月十三日訴外青磁屋吉成製菓株式会社に対する昭和二十四年度認定賞与臨時分金四万六千七百七十七円及びその延滞金三千二百二十三円の滞納金徴収のため、その所有していた浦和市仲町五丁目七十番地所在木造スレート葺二階建店舗兼事務室一棟を差押え、同年六月八日その旨の登記をした。他方原告は同年九月四日同会社から右建物一棟を代金百万円で買受け、同月八日右所有権移転登記手続を完了した。而して被告は翌二十六年十二月十七日前記訴外会社に対する滞納税金徴収手続として右建物を公売し、同月二十六日訴外林誠之を落札人と決定して、同人から落札代金五十万一千円の納付を受け、その代金中から前記差押租税滞納金(但し当時なお未済として残つていた金額は前記税額中金二万五千七百三十二円五十六銭及びこれに対する利子税金七千百円、延滞金二千四百八十三円、滞納処分費金二百四十九円、合計金三万五千五百六十四円五十六銭であつた。)を収納した。しかるに、これにより先浦和税務署長は別紙目録記載の日夫々同目録記載の国税につきその徴収のため、右建物を公売して得べき代金に対し、いわゆる交付要求をしてあつたので、被告はこれに基いて、右公売による売得金から前記収納金を差引いた残金中から、更に金四十六万五千四百三十五円四十四銭を該滞納税金の徴収に充てた。しかしながらこの交付要求に基く徴収処分については、次のようなわけで被告は法律上の原因がなくて原告の財産により利益を受け、これがために原告に同額の損失を及ぼしたものである。即ち、税務公務員が滞納税徴収のため私人の所有物件を差押えてその登記をした場合においては、国は右差押を以て右物件をその後に譲受けた第三者に対抗し得るわけであるが、その対抗し得る範囲には限度があるのであつて、それは差押税額及びこれに附随する利子税、延滞金及び滞納処分費の額以内に止まるのである。従つて税務公務員は、右差押物件の公売を行い、競落人からその競落代金の納付を受けた場合、その中から前記差押基本債権及びこれに附随する税債権の額についてはこれを徴収することができるけれども、その残金はこれを右第三者に還付しなければならない。ちなみに、国がいわゆる交付要求をなし得るのは、公売物件が公売のときまでなお滞納者の所有に止まつていた場合に限るのである。このようなわけで被告は前記利益を不当に得ているのであるが、更に浦和税務署長はおそくも前記建物を公売する旨の公告をした日までには、右建物の所有者が原告であることを知つていたから、右不当利得については被告ははじめから悪意の受益者であつたといわなければならない。よつて被告に対し、前記不当利得返還金四十六万五千四百三十五円四十四銭及びこれに対する右受益の日より後である昭和二十七年四月二日から右支払のすむまで民事法定利率年五分の割合による利息の支払を求めるため、本訴に及んだ。」と陳述した。(立証省略)
被告訴訟代理人は主文と同趣旨の判決を求め、答弁として、「原告主張の請求原因事実そのものは全部これを認めるが浦和税務署長のなした本件処分はいずれも正当であつて、これを不当とする原告の論旨は誤つている。元来国が国税滞納処分として不動産の差押をなし、その登記を完了した場合には、その後に至り右物件の所有者がこれを第三者に譲渡しても、右譲受人に対し該差押を以て対抗することができるのであるが、その意味は、税務公務員は右売買がなかつたものとして、差押に続く一切の滞納処分を続行することができるということに他ならない。従つて本件においても、浦和税務署長は既に差押えてある原告主張の建物を公売し、その代金を差押債権である訴外会社の滞納税金に充てることができるのは勿論、更に右充当後なお残余があるときは、これに対し同会社の他の国税徴収のため、国税徴収法第四条の一、同法施行規則第二十九条に従いいわゆる交付要求をすることもできるのである。なおこのようなわけで本件については被告の不当利得はないから、原告の主張するような意味の被告の悪意ということもまたこれを論ずる余地がない。」
と陳述した(立証省略)
三、理 由
原告の本訴請求は要するに、「被告の行政官庁である浦和税務署長が甲という滞納税徴収のために原告主張の不動産に対してなした差押(登記完了)は、右物件の右差押後の取得者たる原告に対し、右甲税徴収の必要の範囲内に限りその効力を対抗できるに過ぎない。」と論じ、進んで、「故に同税務署長が右物件を公売して得た売得金に対し、右甲税収納後その残額につき、交付要求の方法により更にこれを乙の滞納税徴収に充てたのは違法であるから、この分は不当利得としてその返還を求める」というにある。
しかしながら右所論につき考えてみるに、
(一) その前段にいわゆる差押は、その対象物件につき所有者の処分を禁止し爾後の競売手続の完全な遂行を確保するための制限であるから、その効力は本来その物の価値の全体に及ぶことを要し、所有者が差押を受けた後これにつき競売と相容れない処分をしても、右処分は競売手続の完全な遂行を阻害しない限度においてその効力を有するに過ぎないのである。従つてこれと反対に後の処分を以て差押の効力を限定しようとする原告の見解はこれを容れる余地がない。
(二) 而して原告は後段において結局競落代金につき行われた配当を不当としてその返還を求めるのであつてその主張のような場合には国は交付要求の手段による滞納税金の徴収をなし得ないという趣旨のように解される。しかし国税徴収法第二条第四項、第四条ノ一及び同法施行規則第二十九条の各規定は差押及び公売に続く手続として差押の事由となつた滞納税金の外確定した他の国税についても総べて交付要求の方法により売得金中から徴税できることを規定しており、かつ右規定につき、差押物件の公売時の権利の帰属如何によりその適用を異にしないのが即ち前述の差押の効力と言うべく、これを要するに差押後の一切の滞納処分は差押当時の法律関係、即ち当該滞納者を基準として為さるべきことは法文上明かであると言わなければならない。
よつて原告の主張する被告の処分には何等の不当がないから、本訴請求はその主張事実の有無につき判断するまでもなく理由がないものとしてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文の通り判決する。
(裁判官 大中俊夫 中島一郎 牧野進)
(別紙目録省略)